子供には『善悪』ではなく、『損得』で教育せよ!

教育
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随分と朝晩が涼しくなってきましたね。

体調を崩しやすい時期ではありますが、ご自愛ください。

みなさん、こんばんは。

さて、前回のブログの終わりにタイトルにある言葉を投げかけました。

なんだか、色々と言われてしまいそうな発言ですがw

今回は『損得』で教育することに関して、お話してみようと思います。

『善悪』が分からない人は、あまり存在しない。

物事の『善悪』というものは、幼少期~小学校低学年までに大抵のことを学びます。

しかし、人は『善悪』では、なかなか動かないものです。

『善』と分かっていながら行動できなかったり、『悪』と分かっていながら行動してしまったり…

例えば、電車やバスでお年寄りに席を譲ることが『善』だとして…なかなか声を上げられないという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

それは、恥ずかしさで声を上げる勇気が出なかったりするわけですが…

『得』として考えると、勇気を出して声を上げることによって、自分自身が一つ苦手なことを克服できると考えられるわけです。

そして、なにより重要なことは、たとえ声を上げられなかったとしても、罪悪感に苛まれないんです。

『善悪』で考えてしまうと、お年寄りに席を譲れなかった場合…

『悪いことをしてしまった。。。』となるわけです。

しかし『損得』で考えると…

『苦手を克服するチャンスを逃してしまった。』

この程度です。

罪悪感ではなく、次のチャンスは逃すまいと思える精神状態になりやすいということです。

あくまでも『善悪』が分かっていることが前提ですが、こうしたことから、私は『損得』で考えたほうが良いと思うんですよね。

『善悪』が誤った認識になっていることがある。

少し前回のお話に戻りますが。。。

『学校を休むこと』

これは、本当に『悪』なんでしょうか。

もちろん、学校という場所は、人として成長するために必要だと考えられている所です。

だからこそ、日本には義務教育というものがあるわけです。

せっかく成長できる場所を提供してもらっているのであれば、学校に行ったほうが『得』でしょ。

でも、行かないことが『悪』になるとは…どうしても思えません。

学校に行くことを『善悪』で考えさせてしまうと…

学校に行きたくても、行けない状況にある子供たちは…

『行けない自分自身が悪なんだ。。。』

そんな風に思ってしまいます。

それって…状況を悪化することになりますよ。

『損得』で考えると…

『今は、学校を休んだほうが得だ!』と思えることもあります。

『命』が一番大切ですから。

『悪』に憧れる若者たち

子供が成長していく過程で、一定数『悪』に憧れを持つ子供たちがいます。

『悪』に憧れるということは『善悪』は分かっているわけです。

この子供たちに『善悪』を説いても意味ないですよねw

これもやっぱり『損得』で考えさせるのが良いと思うんですよね。

私の経験上…

『めちゃくちゃダサいやん』

『カッコ悪いで』

『カッコええ生き方せんかい』

この言葉が一番刺さりますねw

服装やヘアスタイルなど見た目の話ではないですよ。

人としての中身の話を真剣にしてやるんです。

『悪』に憧れを抱くということは、『悪』がカッコいいと思ってるわけです。

カッコいいと思ってたのに…カッコ悪いと言われたら…

彼ら彼女らにとっては『損』なんですよ。

目先の利益ばかり気にするのは、本当の意味での『損得』をわかっていないから。

『損得勘定』でしか動かない人は、世の中にたくさんいます。

こういう人って…嫌われるでしょw

それは、本当の意味での『損得』を知らないからです。

だって、自分が嫌われるって『損』じゃないですか。

正しいことを言っても聞き入れてもらえなかったりするわけです。

それって『損得』で動けてないですよねw

『情けは人の為ならず』

この意味を解ってないんですよ。

人生を豊かにするために、長期的に『損得』を考えることが重要です。

学生時代、オカンによく言われました。

『今は、得やと思っとるんやろけど、いずれあんたが損するからやめとき。』

『今は、あんたが損しとき。いずれ得するから。』

『人に何かをやってもらったら、必ず返さなアカン。返す価値があることかよう考えてから、やってもらいや。価値がないなら手伝ってもらわんと自分でやり。』

『人に返すときは、やってもらたこと以上のことを返さなアカンことを知っときや。』

いま思えば…オカン……『半沢直樹』やんw

今日はここまで。

では。

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